つくる会の体質を正す会
■注目の種子島経氏の特別寄稿はこちらです。(5月26日掲載)
■騒動の「構図」についての記事はこちらです。(5月10日掲載)
■騒動の「あらすじ」はこちらです。(6月6日掲載)
■「西尾幹二氏の言説の変遷」はこちらです。(6月20日掲載)
■「藤岡氏の八木氏に対する言説の変遷」は、
  (15)(6月14日掲載)、(16)(6月15日掲載)、
  (17)(6月17日掲載)、(18)(6月19日掲載)です。
■「藤岡氏の事務局員に対する文書攻撃」はこちらです。(14)(6月11日掲載)
■西尾氏に対する訂正要求はこちらです。[資料編(1)]
  (5月12日3段目掲載の記事)
■藤岡氏への再質問はこちらです。[顛末記(5)](6月4日掲載)
■鈴木氏の人物については、こちら(5月24日掲載)とこちら(7月5日掲載)です。
■渡辺記者の反論については、こちらです。(5月25日掲載)
■西尾・藤岡両氏の「謀略」の可能性の立証については、こちらです。(7月3日掲載)
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もう一つの「つくる会」顛末記(最終章2)ー進歩主義の論理は超えられるかー
「歴史を解釈するときに、まずある大前提となる原理をたてて、そこから下へ下へと具体的現象の説明に及ぶ行き方は、あやまりである。歴史を、ある先験的な原理の図式的な展開として、論理の操作によってひろげてゆくことはできない。このような「上からの演繹」は、かならずまちがった結論へと導く。事実につきあたるとそれを歪めてしまう。事実をこの図式に合致したものとして理解すべく、都合のいいもののみをとりあげて都合のわるいものは棄てる。そして、「かくあるはずである。故に、かくある。もしそうでない事実があるなら、それは非科学的であるから、事実の方がまちがっている」という。
 「上からの演繹」は、歴史をその根本の発生原因と想定されるものにしたがって体制化すべく、さまざまの論理を縦横に駆使する。そして、かくして成立した歴史像をその論理の権威の故に正しい、とする。しかし、そこに用いられている論理は、多くの場合にははなはだ杜撰なものである」(竹山道雄『昭和の精神史』講談社学術文庫、13-14頁)。

「「上からの演繹」がいかに現実とくいちがい、しかもなお自分の現実理解の方式をたて通そうとして、ついにはグロテスクな幻想のごときものを固執するようになるかー。それの例をわれわれはいくらも身近に感じることができる。」(同書、33頁)

「人間は外界によって直接にうごかされるのではなく、外界について彼がいだいているイメージによってうごかされるのだから、かくて成立した世界把握が大きな力となって社会をうごかす。それは科学に名をかりながら、むかしの魔術を思わせる。
 もともと魔術の本質は、ある特定の世界像をあたえて、それにしたがった行動をさせることだった。いま論理はまさにこれと同じ役目をしている。そしてインテリほど論理にたよって判断するから、インテリほど魔術にかかっている」(同書、35頁)


 かつて「日本ファイズム論」という幻想が一世を風靡していた時代がありました。上記の文章は、その時代に、竹山道雄氏が「進歩主義の論理」(=「上からの演繹」)の「まやかし」を見破るという観点から、その論理に根本的な批判を加えた論文の一節です。

 私の専門は近代日本の政教関係の研究ですが、竹山氏の教えに導かれて、「日本ファシズム論」の亜流である「国家神道論」という幻想を、吟味・批判してきました。それを行うに当たって、竹山論文から学んだ方法論というのは次のようなものです。

「歴史を解明するためには、先取りされた立場にしたがって予定の体制を組み立ててゆくのではなくて、まずいちいちの具体的な事実をとりあげてそれの様相を吟味するのでなくてはなるまい。前提された発生原因から事実へと下るのではなく、むしろあべこべに個々の事実から発生因へと遡るのでなくてはなるまい。固定した公理によって現象が規定されるのではなく、現象によって公理の当否が検証されなくてはなるまい。外から形をわりつけるのではなくて、その事自体についてその事がもつ形を見きわめるのでなくてはなるまい。考究の出発点は、うたがうことのできない現象が直接に語る意味を解読することからはじめなくてはなるまい。」(同書、38頁)

 一言で言えば、私が研究上やってきたことは、「事実に依拠した、仮説の公理化への異議申し立て」だったわけです(私の専門研究の方に興味がおありの方は、拙著『「現人神」「国家神道」という幻想』PHP研究所、をご覧下さい)。

 ここまで書けば、もう賢明な読者には、私が何を言おうとしているかがお分かりになったことだろうと思います。そうです。「つくる会」騒動を語るにあたって、西尾氏や藤岡氏が「進歩主義の論理」「上からの演繹」を用いたのに対して(曰く「コンピューター問題」「生長の家グループの介入」「近代保守コントラ神社右翼・宗教右翼」「会長によるクーデター」「中共対日工作の窓口」「怪メール問題」)、私はこのブログで竹山氏の方法論を用いて対抗してきたのです。


 ところで、「近代保守」たる西尾氏も藤岡氏も、「自虐史観」「日本ファシズム」「侵略戦争」「南京大虐殺」「従軍慰安婦」などといった「上からの演繹」には反対していたはずです。ところが、「つくる会」騒動に関しては、まったく「進歩主義の論理」に逆戻りしてしまいました。私は、ここに、「近代保守」、すなわち「戦後保守」が清算できていない戦後教育の残滓、その深い爪痕を見る思いがします。

 自分の日常生活から遠い「大きな物語」については、「進歩主義の論理」を乗り越え、それですっかり戦後教育を克服できたつもりでいたのに、自らの利害や面子、権力や立場が直接的に関係してくる日常的な場面では、未だに「進歩主義の論理」にどっぷりと浸かったままであることが露見してしまったのです。

 「つくる会」の運動が爆発的な力を発揮できた背景には、創業者がもっていた巨大なエネルギーがありました。けれども、最後まで残った人々を見ると、それはエネルギーはエネルギーでも負のエネルギー、否定や反発、さらにその底には、個人的な不遇感や劣等感、歪んだ上昇志向などがあったように思います。そして、どうやら、そのような負のエネルギーと「進歩主義の論理」とは親和性があって、内攻して自己崩壊をもたらす危険性を孕んでおり、知らない内に、自分が否定したはずのものに、身近なところでは、そっと忍び寄られ、すっかりからめ取られてしまっていた、ということだったのだと思います。

 ここから得られる教訓は、“自分の身の回りの「小さな物語」についても「進歩主義の論理」を克服する努力をはじめなければならない”“他人に向かって「上からの演繹」の否定を求めるのと同様に、自分の利害・嫉妬・羨望・欲求・劣等感・不遇感・憎しみ・怒り・人間関係などが絡まる世界で、内なる戦後、内なる進歩主義史観の超克を目指さなければならない”“負のエネルギーを、静かな誇り、感謝、愛といった正のエネルギーに置き換える”ということだと思います。

 西尾氏は、私たちが書いた文書の中に、執行部のやっていることはまるで「東京裁判の問題点と同じ性質です」「まるで南京大虐殺を左翼がでっちあげて日本軍国主義批判を展開することを想起させます」とあったの捉えて、「見当はずれの、全共闘学生と変わらぬ、おどろおどろしい言葉」だと言い、「いったいこれが保守の仲間に向ける言葉でしょうか。私がもう共に席を同じくしたくないと思ったのはこのような言葉の暴力に対し無感覚な、新しい理事の出現です」と書きました。

 西尾氏が、私たちの言葉に「暴力」を感じとり、これほどまでに怒り、恐れ、慌てふためいたのは何故か。それこそ、「近代保守」を自称する彼の本質的な欠陥を言い当ててしまっていたからだと、今になって思います。私の本質的な弱点を「見たな!」というわけです。

 ですから、西尾氏が、その内的欠陥を克服する道を選ばないならば、表面的な対立を言い立てて、私たちを排除することでごまかすより仕方がなかったのでしょう。

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