つくる会の体質を正す会
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もう一つの「つくる会」顛末記・資料編(16)ー藤岡氏の話法への反証資料ー
【解説】

 藤岡氏のブログが6月15日に更新されて「新田ブログが隠し続けた文書」という題で、平成18年1月12日付の「会員管理システム問題にかかわる宮崎弁明書への反論」という資料と藤岡氏の解説が載りました。

 その解説をまともに読むと、藤岡氏お得意の歪曲の手法が、誰でも理解できます。そこで、今回は、その解説の分析と、反証のための資料を提示します。


藤岡氏による解説の前半
《新田ブログでは、あたかも公平に資料を公開しているかのように装っているが、実はコンピューター問題に関して未だに隠し続けている資料がある。それは、「宮崎弁明書」に対して八木会長と4人の副会長全員が連名で出した「会員管理システム問題にかかわる宮崎弁明書への反論」という、1月12日付けの文書である。》

 「会員管理システム問題にかかわる宮崎弁明書への反論」という文書を執行部会メンバー以外の理事が目にすることになったのは、1月16日の理事会においてでした。私のブログを読んで下さっている常識ある読者には、説明するまでもないことですが、このブログでの資料公開は、順をおって進んでおり、ようやく1月16日の理事会の前まできたところです。したがって、「隠して続けている」のではなく、「まだそこまで来ていなかった」というだけのことです。
 このように、膨大な資料の公開を、時の順をおって行っているのに、それがまだ到達していない時点を指して、「未だに隠し続けている」と言い募る。ここに、私達を悩し続けた藤岡氏の「歪曲の話法」が端的にあらわれています。

 それから、この「会員管理システム問題にかかわる宮崎弁明書への反論」は、藤岡氏が起草した文書なので、私の手許にはもちろん、八木氏の手許にもデータがありません。そこで、公開するためには、私が手作業で一から打ち込まなければなりませんでした。それでちょっと困っていたのですが、藤岡氏が公開して下さったので、その手間が省けました。感謝します。


藤岡氏による解説の後半
《混乱を増幅させまいとする配慮から、宮崎弁明書には執行部は敢えて反論することを差し控え、実質的な解決策を模索してきたのだが、宮崎氏の態度も一向に改まらない中で、これ以上宮崎弁明書の欺瞞を放置出来ないとして、用意された文書である。これは、1月12日に4時間もかけて文案を練り上げ確定稿としたもので、最も重要なことは、八木会長の修正意見も十分に取り入れられ、その上で八木会長自身も署名していることだ。
 こうしたことが可能となったのは、宮崎事務局長の人事問題については、八木会長が率先して取り組んできた課題であったからで、他の副会長は八木会長に協力する形で参加してきたのである。だから、八木会長の12月15日の声明で突如、自身の責任を他に転嫁する驚くべき背信行為に出た後ではあったが、経過の中で八木氏も宮崎弁明書の問題点については、他の執行部メンバーと認識を共有せざるを得なかったのである。》

 すでに、執行部会内のやり取りが公開されているにもかかわらず、まだ「最も重要なことは、八木会長の修正意見も十分に取り入れられ、その上で八木会長自身も署名していることだ」「経過の中で八木氏も宮崎弁明書の問題点については、他の執行部メンバーと認識を共有せざるを得なかった」と言えてしまう藤岡氏の心臓の強さを、私はある意味で尊敬します。

 しかし、如何に度胸よく語ったとしても、事実でないことは、事実ではありません。

その証拠となる資料を二つ提示します。
●(資料1)は「1月16日の理事会にいたるまでの八木氏と藤岡氏のメールでの発言(抄出)」です。藤岡氏自身が「執行部一体という事実がないのに、一体であるかのようにして会長が経過報告をするのは問題があります」(1月13日)、「反論文書を事前にお渡しすると、改ざんされるのではないかと心配です。私の方でコピーを準備して、直接理事会の会場に持参します」(1月16日)と言っていたわけですから、「最も重要なことは、八木会長の修正意見も十分に取り入れられ、その上で八木会長自身も署名していることだ」「経過の中で八木氏も宮崎弁明書の問題点については、他の執行部メンバーと認識を共有せざるを得なかった」という藤岡氏の主張が出鱈目なのは明かです。

●(資料2)は「会員管理システム問題に関わる宮崎弁明書に対する見解(私見)」という文書です。

 これは、執行部会メンバーと意見の一致をみることができなかった八木氏が、1月16日の理事会で個人の見解として配布するために用意していった文書です。しかし、この文書を遠藤、福田、西尾の三氏に見せて、配布したいと伝えたところ、藤岡氏抜きでは決められないと拒否されてしまいました。他方、藤岡氏は、理事会の開会の6時30分ぎりぎりに、自ら作成した「会員管理システム問題にかかわる宮崎弁明書への反論」を人数分用意して現れ、八木氏と話し合うことなく、それを配布したのでした。

 理事会当日、八木氏はメールで「このままの「反論」(私は「見解」とでもするのが適当と思います)ですと、私は会長として名前を連ねることができません」との意志を明らかにしていました。ところが、もはや八木氏に対して聞く耳をもたず、話し合いを拒否して、理事会開会ぎりぎりに現れた藤岡氏は、八木氏が独自の文書まで用意していたことを知らなかったのです。

 この文書から、当時の八木氏は、執行部の理事に配慮して、「宮崎事務局長が弁明書において一連の会員管理システム問題に関する自らの責任に言及していないのは遺憾である」とする一方で、「コンピューター問題」は執行部の陰謀ではないかと疑っている私達の追及を、「執行部の不手際」を認め、「最終責任は会長である私にある」とすることによってかわし、宮崎氏だけでなく、契約に関った全ての「関係者」の責任を問うという形で問題の収束をはかろうとしていたことが分かります。

 ところが、この考えを封殺されて、藤岡氏起草の文書を読み上げさせられたために、質疑での答弁がちぐはぐになり、そこを私達に追及され、その結果、他の理事達に、それが八木氏の本心でないことが明らかになってしまいました。そのために私達の主張が通って、「まず運動の総括、次に事務局体制の刷新」「コンピューター問題は、せいぜい口頭による注意処分。その処分対象者については改めて検討」という理事会決定になったのです。


   ☆    ☆    ☆

●(資料1)1月16日の理事会にいたるまでの八木氏と藤岡氏のメールでの発言(抄出)


○藤岡氏(1月8日)
「再度確認します。<A>については、【 】内をそのままコピーして文書をつくって下さい。<B>については、私の要求通りに実行して下さい。」

○八木氏(1月9日)
「会長声明」の文言は削除しません。私の真意が伝わるよう以下のように修正します。これは私の名前で出したものですから、私の責任で修正します。」
「「執行部見解」なるものは、事務局長が入っていない段階では成立しません。」
「「恣意や歪曲」の削除については、12月25日にも言いましたが、12月15日に藤岡先生の了解を得ていたはずです。」
「何より今は、会全体の宥和を図ることが最重要課題です。なくても文意は通じるのですから、「恣意や歪曲」は不要と考えます。それでもその文言を入れろというのであれば、私の名前は明記できません。」
「「サボタージュ」だの、ご自分の原案をそのままコピーして文書を作れ、だの、要求どおりに実行しろ、だのという言葉遣いは大人同士の関係として如何かと思います。」
「16日の理事会は最終的には総括をする体制を如何に構築するかに議論をもっていくべきです。その前提として、会長・副会長の不手際を認める必要があります。一時、険悪な状態になるかもしれませんが、今はオン・ザ・テーブルでの議論をする必要があると思います。」
「会員管理ソフトの問題で宮崎氏を解任することは法的に無理です」
「藤岡先生の案はお膳をぜんぶひっくり返すようなものです。こんなことをやっていたのでは本当に会が壊れます。私は全面的に反対です。ご再考下さい。」
「メールの遣り取りは私には時間が掛かりすぎます。これだけの時間を割くことは現時点では無理です。できるだけ直接会っての話し合いを求めます。」

○藤岡氏(1月9日)
「あなたは事実に反する間違った声明を書いたという「前科」があるのですから、他のメンバーの同意を得て文面を決めるのは当然です。25日の決定はそのような趣旨です。」
「会長は一つの職務であり、機関であって、あなた個人の恣意で何を書いてもいいわけではありません。」
「執行部の内部で誰がどんな主張をしたかは、本当は問題ではありません。」
「反対勢力に対して他の執行部メンバーを売り渡しているわけです。こんな修正文を私は絶対に認めません。」
「個々の理事に執行部の決定に対する拒否権などない。」
「事態を放置して反対派を結束させたのは、八木さん、他ならぬあなたですぞ。」
「あなたは自ら立候補して会長になったのです。多忙を理由に会長の仕事の手抜きをすることは許されません。」

○藤岡氏(1月10日)
「しらじらしい「宥和」という言葉」
「「総括」の必要があるから宮崎事務局長を留任させよというのは、所詮、宮崎擁護派の戦術に過ぎません。」
「あなたがご自分の不手際を認めるのは勝手ですが、副会長の不手際を認めよと言われるのはお断りです。」
「私が採択本部長、宮崎氏はその事務局長でもありましたから、二人だけしか知らないことがたくさんあります。それをよいことに、彼は私に責任をかぶせる議論をすることは間違いありません。すでにそういう言動を始めています。水掛け論にして、うやむやにしようというわけです。 その手にのるわけにはいきません。」
「「法的問題」は宮崎氏が会を告訴したら問題になるでしょうが、あなたはそれを奨励しているのですか。そして、それ以外は、法的問題などありません。」

○藤岡氏(1月11日)
「貴殿は、その後、このMLに何の発言もしておりません。全く不誠実な態度であり、会長としての任務放棄です。12日正午までに、必ず、①私が代筆した案通りの文面で会長声明と執行部見解の訂正文を理事に送ることを承認するか、②または、25日の執行部会議の内容を反映し、同席した他の4人が納得しうる代案をつくってこのMLに提案するか、どちらかの方法で任務を実行してください。さもないと、あなたの任務放棄について、あらゆる手段で責任を追及します。 」

○八木氏(1月12日)
「「警告文」とは穏やかではありません。」
「以下に文章案を作成しました。」
「私は「恣意や歪曲」の文言は不要だと思いますが、どうしてもというのであれば、藤岡案に従い、以下の文章を⑥の前に入れても構いません。」(1月12日)

○藤岡氏(1月12日)
「「恣意や歪曲」は必ず入れて下さい。」
「八木会長の意志とは別に誰かが事務局長人事を進めるべきだと発想しても、何ら問題はありません。」
「「会長としてのリーダーシップ」という言葉も、実は会長独裁体制の要求または宣言の意味だということになります。」
「事務局長人事についての執行部の議論に、手続きとして何ら瑕疵はありませんでした。会長の心中を表明してのいいわけなど出す必要もありません。宮崎事務局長擁護グループに対し、自分は悪くなかったとあくまで責任を回避し、他の執行部メンバーを売り渡す八木会長の訂正文案は認められません。」

○藤岡氏(1月13日)
「今回の場合、執行部が一体であるとは、まだまだとうてい言えない状況にあると思います。たとえば、八木さんがやる経過報告と私がやる経過報告では、相当の違いがあるでしょう。だから、執行部一体という事実がないのに、一体であるかのようにして会長が経過報告をするのは問題があります。」

○八木氏(1月14日)
「宮崎弁明書への反論文で気になることがあります。 「恣意や歪曲」「論理のすり替え」などの評価に関わる表現はできるだけ避けて、事実を淡々と書く方がよいのではないでしょうか。」
「 皆さんのお怒りはよく分かりますが、あまり戦闘姿勢を出すと逆効果だと思うのです。冷静に事実関係の間違いを指摘し、このような意図はなかったということを強調するのが反論の主目的と思います。 」

○藤岡氏(1月14日)
「おあいにく様ですが、十分時間をとって検討した結果ですので、些末な字句の改善は別として、重要なポイントについては、修正要求には応じられません。」

○八木氏(1月14日)
「私は宮崎氏への糾弾の姿勢を示すことは逆効果だという意見です。私はもう懲りました。その意味で宮崎弁明書への「反論」とするのではなく、「宮崎弁明書に対する意見」とするのが妥当と思います。」

○藤岡氏(1月15日)
「今になってタイトルまで変更せよとは、ふざけるのもいい加減にしなさい。論外です。」「私を除いて執行部の会合をすることはお断りします。」

○八木氏(1月16日)
「藤岡先生、「反論」をご修正いただけませんでしょうか。ここは曲げてお願いします。刺激的な表現は泥仕合を誘発するだけです。泥仕合となれば、皆が傷つきます。 私はそれを恐れますし、もう懲り懲りです。 それに我々の本当の敵は外にいるのですから、嫌な相手であっても付き合っていくしかないのではないでしょうか。このままの「反論」(私は「見解」とでもするのが適当と思います)ですと、私は会長として名前を連ねることができません。」

○藤岡氏(1月16日)
「八木会長は、すでに当事者能力を失っているのではありませんか。男が(女でも)一度責任をもって認めたことを、あとでひょいひょいと覆すことができると考えているとしたら、もはやあなたは会長職になじみません。」
「私は今、どうしようもない会長不信に陥っています。反論文書を事前にお渡しすると、改ざんされるのではないかと心配です。私の方でコピーを準備して、直接理事会の会場に持参します。陪席事務員の分も含めて、30部用意します。」


   ☆    ☆    ☆

●(資料2)会員管理システム問題に関わる宮崎弁明書に対する見解(私見)

                  平成18年1月16日

会員管理システム問題に関わる宮崎弁明書に対する見解(私見)

                       八 木 秀 次

 宮崎正治事務局長が平成17年11月16日付で理事関係者各位に送付した文書について会長・副会長の統一見解を出すべく検討していたが、藤岡信勝副会長が原案を起草し本年1月12日の名誉会長・会長・副会長による懇談会で内容が検討された「会員管理システム問題に関わる宮崎弁明書に対する反論」には、宮崎弁明書について「その論法は、①恣意と歪曲に満ち」や「責任逃れのスリカエが徹底している箇所はない」などの刺激的な表現が目立つものであった。これを本日1月16日の理事会にて会長・副会長の連名で発表することになっていたが、このような表現では一部理事との対立を深め、事態を深刻にするばかりであると判断し、私はその後、再三その修正を求めたが、藤岡副会長には遂に聞き入れてもらえなかった。そこで、やむなく下記のような私見を明らかにする。

    記

1)宮崎事務局長が弁明書において一連の会員管理システム問題に関する自らの責任に言及していないのは遺憾である。

2)コンピューター調査委員会の調査の手法、執行部が平成17年11月12日付けで宮崎事務局長に示した「処分」案の内容等は、当事者に悪意がないとはいえ、配慮に欠ける点があり、執行部の不手際を認めざるを得ない。その最終責任は会長である私にあることはいうまでもない。

3)会員管理システムの契約に関しては多くの落ち度があり、関係者の責任を不問に付すことはできない、再度検討の上、処分を検討すべきである。
                                    以上
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