つくる会の体質を正す会
■注目の種子島経氏の特別寄稿はこちらです。(5月26日掲載)
■騒動の「構図」についての記事はこちらです。(5月10日掲載)
■騒動の「あらすじ」はこちらです。(6月6日掲載)
■「西尾幹二氏の言説の変遷」はこちらです。(6月20日掲載)
■「藤岡氏の八木氏に対する言説の変遷」は、
  (15)(6月14日掲載)、(16)(6月15日掲載)、
  (17)(6月17日掲載)、(18)(6月19日掲載)です。
■「藤岡氏の事務局員に対する文書攻撃」はこちらです。(14)(6月11日掲載)
■西尾氏に対する訂正要求はこちらです。[資料編(1)]
  (5月12日3段目掲載の記事)
■藤岡氏への再質問はこちらです。[顛末記(5)](6月4日掲載)
■鈴木氏の人物については、こちら(5月24日掲載)とこちら(7月5日掲載)です。
■渡辺記者の反論については、こちらです。(5月25日掲載)
■西尾・藤岡両氏の「謀略」の可能性の立証については、こちらです。(7月3日掲載)
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もう一つの「つくる会」顛末記(7)―呪術的逃走―
「およそこの地上で、人間によって構造されたものは、王朝であれ政治権力であれ、あるいは宗教教会であれ、大いなる権威を有するものの歴史には、一つの宿命的法則がある。それらは、初めにおいては、それぞれの理想をもち、それ故にこそ権威を高めたのであるが、社会的権威と権勢とが高まれば、時とともに、必ずやそこに罪とけがれが集中して汚染され、やがて汚染が進めば、当初の権威の源となった存在の意義も失って滅亡して行く。その汚染をいかにして浄めて行くかが一大問題である」(葦津珍彦『天皇ー昭和から平成へ』神社新報社、36頁)

「外国の王朝にも、政治権力者にも、偉大なる思想はあった。特にシナ大陸の文明的王朝などには、私のあこがれるやうな歴史も少なくない。しかしそれは、その建国の思想が頽廃して行くと、復元するバイタリティがなくて亡び去ってしまった。それは人間の優劣の差ではなくして、その初めの理想を守り、頽廃すればそれを克服し復活しようとする祈り(大祓ひ)、祭りの優劣の差だったのだと思ってゐる。」(同書、35頁)

 以上の文章は、戦後長らく神社界の理論的指導者だった故葦津珍彦氏の言葉です。「つくる会」騒動の最中、私は頭のどこかでこの言葉を意識していたように思います。
 私も「神社右翼」のはしくれとして、祈りに導かれた行動によって、なんとかしたいともがきつつ、しかし、「つくる会」の組織自体に「祭り」の浄化機能が組み込まれておらず、しかも、汚染の堆積がことのほか進んでしまっている状況では、個人的な努力にも限界がありました。

 「神様でもどうしようもないケガレもある」ということは、日本の神話でも語られています。『古事記』に登場する黄泉の国です。火の神を生んだことによって死んでしまったイザナミノ神を追いかけて、黄泉の国に行ったイザナギノ神は「私とお前が作った国は、まだ完成していない。だから、帰って来て欲しい」と呼びかけました。しかし、闇の中で光を灯してしまったことで、醜いイザナミノ神の正体を見てしまい、恐れて逃げ出してしまいます。

 ある時、光をともしたら、本当の姿が見えてしまった。もう一緒には居られない。出ていくしかなかった、というわけです。

 すると、イザナミノ神は「よくも私に恥をかかせたわね」と怒り、黄泉の国の醜女にあとを追いかけさせました。イザナギノ神は身に付けていたものを次々と投げすてて、逃げていきます。

 臨床心理学では、これを称して「呪術的逃走」と呼ぶ、とどこかで聞いた記憶があります。「ダメだ、危ない」と分かったら、何とかしたいとか、守りたいとか、続けたいなどという執着は捨てて、「さっさと逃げ出すしか、生き延びる術はない」ということらしいのです。

 投げ捨てた装飾品が葡萄や竹の子に変わって、醜女がそれを食べている間に、イザナギノ神はどんどん逃げて行きます。

 私たちが辞めた時点で「つくる会」には1億円近い資金がありました。その内の3000万円強は、八木さんと宮崎さん、二人の運動姿勢に共鳴した方たちが次の運動のためにと寄付して下さったお金で、全く手つかずのままでした。ですから、二人が会の運動をつづけられないと分った時点で、「出資者にお返しするのが筋ではないか」という議論も出ました。しかし、そんなことをすれば「会員の浄財を持ち出した」などと逆宣伝されることは目に見えていました。「こんなことで先生たちに泥をかぶせるわけにはいきません」という出資者の方々のあたたかいお言葉もあり、そのままにして会を出てきました。

 醜女の追跡を振り切って黄泉ひら坂にたどり着いたイザナギノ神は、大きな岩で坂を塞ぎ、追いかけてきたイザナミノ神と問答します。イザナミノ神が「あなたの国の人間を一日に千人殺しましょう」と言うと、イザナギノ神は「それなら私は千五百人生みましょう」と答えるのでした。

 この後、イザナギノ神は、身体に残ったケガレを祓うために筑紫の日向の橘の小門のあわぎ原で禊ぎをされました。すると、マガツヒノ神という禍をもたらす神が生まれたり、ナオビノ神という禍を取り除く力をもった神が生まれたりと、次々に神々が誕生していくのですが、最終的には、天照大神の誕生へとつなかっていくわけです。

 このブログを書き始めてから今日までの日々を振り返ってみますと、なんとか黄泉ひら坂を岩で封印しようとする試みから始めて、イザナミノ神の呪いの言葉を跳ね返し、残ったケガレを祓うために禊ぎを続けてきた、そんな過程のように感じられます。
 書き続ける過程で、さまざまな問題点が見えてきました。それと同時に、いろいろな課題やアイデアも浮かんできました。そして、新たな希望の光をはなつ新団体の誕生が具体的日程にのぼってきたのです。

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